
コラム

先日、新入社員研修の一環として、桂離宮を訪れる機会がありました。京都・西山のふもとに位置する桂離宮は、17世紀初頭に八条宮家によってつくられた、数寄屋造りの名園です。月を愛で、四季を楽しむために建てられたこの場所は、日本の美意識や自然との関わり方が凝縮された、まさに“風流”を体現する空間でした。
何度か足を運んだことのある桂離宮ですが、この日は春らしいやわらかな陽射しに包まれ、新緑が芽吹き始めた穏やかな気候。庭の池のほとりではカメが日向ぼっこをし、どこからともなくカエルの鳴き声が聞こえてきます。歩いているだけで、自然の気配が身近に感じられ、ゆったりとした時間が流れていました。
敷地に足を踏み入れると、満開を過ぎた桜の花びらが地面を覆い、足元は淡く彩られた桜のじゅうたん。少し進むと、赤く色づいたつつじが庭を鮮やかに彩り、春ならではのやさしい風景に心が和みます。以前、真夏に訪れた際には、青々と茂った木々が日差しを受けて輝いていたことを思い出し、同じ場所でも、季節が変わることでこんなにも印象が変わるのだと、四季の力に改めて気づかされました。

ガイドの方による丁寧な説明はとても印象深かったです。たとえば、建物の配置や庭のつくりひとつとっても、ただ美しいだけではなく、「どの場所から何が見えるか」「どの季節にどの風景が最も映えるか」「期待感を高めるための植栽の配置や樹種の選び方」「おもてなしの心」といったことまで計算されて設計されていることを教えていただきました。見過ごしてしまいそうな細部にも、それぞれに意味が込められていて、その配慮の深さに心を打たれました。
桂離宮には4つの茶室と書院があります。
・桂離宮で最も格式高い茶室であり、市松模様のふすまが見どころの「冬の亭:松琴亭」
・春の庭が一番美しく見え、少し高いところに位置する「春の亭:賞花亭」
・夏を心地よく過ごすことのできる「夏の亭:笑意軒」
・松琴亭と月を眺めることのできる「秋の亭:月波楼」の4つの茶室。
それぞれの茶室は季節に合わせてつくられており、その季節に一番月や景色が美しく見える場所に建てられているそうです。
特に心に残っているのが、夏の季節に快適に過ごせるよう設計された「笑意軒」。
この建物では、周囲の田んぼが借景として取り込まれており、実はそのために田んぼの土地ごと購入されたのだそうです。毎年そこでお米が作られ、稲の成長によって景色が少しずつ変化していく。静かな庭の中にあって、ゆるやかに変わる自然のリズムが取り入れられていることに、深い感動を覚えました。建物縁側に少し腰を下ろすと、風が心地よく通り抜け、目の前に広がる風景とあいまって、思わず「ほっ」と息をつきたくなるような安らぎを感じました。

また、十五夜の月が一番美しく見える場所に設けられた「月見台」では、空に浮かぶ月と、池に映る月の両方を楽しむという、まさに“月を愛でる”ための繊細な演出が施されています。月見は月が空に上った姿だけでなく、月がのぼりはじめるところから、長い時間かけて愉しむものだそうです。建築がここまで自然と丁寧に対話していること、昔の人々にとって月がどれほど身近で、重要なものであったのかをあらためて知り、驚かされました。

さらに、ちょうど屋根の葺き替えを終えたばかりの建物がありました。新しい屋根はまだ素材そのものの色が生きていて、周囲の建物と見比べるとその違いがよくわかります。しかし、時間とともに色合いが落ち着き、周囲の風景に溶け込んでいく過程もまた、美しさのひとつなのだと感じました。こうした「変わっていくことの美」を受け入れ、楽しむ姿勢は、日本建築ならではの魅力だと思います。
桂離宮での体験を通して、「建築とは、自然のリズムに寄り添い、暮らしとともに時を重ねていくもの」だと改めて感じました。私たちも、お客さまが大切にされていることや、日本ならではの四季を丁寧にすくい上げながら、その人らしい暮らしにふさわしい空間をつくっていきたいと思っています。
ただ住むための「家」ではなく、そこに流れる時間や、四季折々の風景に愛着を感じていただけるような住まいづくり。桂離宮で得た気づきと感動を胸に、これからの家づくりに活かしていきたいと思います
Tsutsui